「君たちはどう生きるか」から学ぶ“ものの見方” ~地動説的思考のすすめ~

「君たちはどう生きるか」から学ぶ“ものの見方” ~地動説的思考のすすめ~

年初から本屋の読書ランキングを見ると「君たちはどう生きるか」(吉野源三郎 著)がどの書店を覗いても、ベストセラーとして紹介されています。私自身も気になったもので購入して愛読しています。この本、普通に読み流してもとても分かりやすく頭に入ってきますが、一章ごとにとても人生にとってシンプルだけど考えさせられることが含まれており、熟読するにもお勧めです。

今回は、そんな「君たちはどう生きるか」で私がとても印象に残った「ものの見方について」自分なりに考えさせらえたことを語ってみたいと思います。モノや情報の取り方で失敗したという方や、人とのコミュニケーションでうまくいかないという方はぜひ、チェックしてみてくださいね。ヒントがきっと見つかると思います。

ものの見方について

まずは、書籍の中で語られる「ものの見方について」を簡単に紹介してから。私なりの思索をしようと思います。

人間がとかく自分を中心として、ものごとを考えたり、判断するという性質は、大人の間にもまだまだ根深く残っている。いや君が大人になるとわかるけど、こういう自分中心の考え方をなお抜けきっているという人は、広い世の中にも、実にまれなのだ。殊に、損得にかかわることになると、自分を離れて正しく判断してゆくということは、非常にむずかしいことで、こういうことについてすら、コベルニクス風の考え方の出来る人は、非常にえらい人といっていい。たいがいの人が、手前勝手な考え方におちいって、ものの真相がわからなくなり、自分に都合のよいことだけをみてゆこうとするものなんだ。
しかし、自分たちの地球が宇宙の中心だという考えにかじりついていた間、人類には宇宙の本当のことがわからなかったと同様に、自分ばかりを中心にして、物事を判断してゆくと、世の中の本当のことも、ついに知ることが出来ないでしまう。大きな真理は、そいういう人の眼には、決してうつらないのだ。もちろん、日常僕たちは太陽がのぼるとか、沈むとかいっている。そして、日常のことは、それで一向さしつかえない。しかし、宇宙のおおきな真理を知るためには、その考え方を捨てなけれならない。それと同じようなことが、世の中についてもあるのだ。

(「君たちはどう生きるか」 へんな経験 『ものの見方について』より抜粋)

多くの人は子どものころ、あたかも天道説にある地球のように自分を中心に全てのモノ、友人、家族、知り合い、他人までも動いていてくれるように見える。「お母さんは明日、私のお弁当を作ってくれる」「お父さんは運動会で私を応援しに見に来てくれる」など。自分を中心にした世界で、人やモノが周っています。著書の中では、この考え方を天動説的な考えとして紹介されています。一方、大人になると上司からみた私、妻からみた私、子どもからみた私と一人の自分の中に複数の自分が存在し、それぞれの環境にあわせた自分で人やものに接していくようになり、多数の人・環境・モノの中の一つの私という形で自分を捉えるようになります。このことを作中ではコペルニスクの地動説にかけて、地動説的な考え方とい言っています。

つまり、天動説的な見方になると、自分にとってのモノや人という見方になってしまい自己中心的な考え方や、自分にとって都合のよい情報の取り方や解釈に陥って、真実を見落としてしまう。このことは最終的に自分に誤った判断をさせ、自分自身を危地に追いやってしまったり、またその過程で他人を傷つけてしまったりと様々な問題を起こしてしまいますよね。
一方、地動説的な見方をすることで、俯瞰(ふかん)したモノの見方や、自分とは考えの違う人の意見を聞き分け多くの角度から選択ができ見誤る可能性を大幅に減らしてくれます。また、しっかりと相手の意見を聞くことでむやみに他人を傷つけることも少なくし、人間同士のつながりも大切にしてくれる大事な考え方です。

では、その天動説的な考え方から地動説的な考え方にシフトするには、どうすれば良いでしょうか?
さすがに、この本の中ではそこまでは書いていません。ここからどうアクションに結び付けるのは読者の思考に託すところだと思いますが、私なりにこの天動説から地動説へシフトする際の方法を考えましたので、ぜひご参考ください。

天動説的考え方から地動説的な考え方へのシフト

ここからは私なりに天動説的な考え(自己中心的な考え)に陥らないように実践している2つのポイントです。2つのポイントになっている理由は、モノや情報に接するときの注意点人と接するときの注意点で分けています。

俯瞰(ふかん)してモノごとを考えてみる

モノや情報に接する場合、俯瞰(ふかん)して見ることでより天動説的な考え方ができると思っています。この「俯瞰」(ふかん)という言葉、ちょっと聞きなれない熟語かもしれませんので俯瞰の意味をご紹介します。

高い所から見下ろし眺めること。
大辞泉

意味にもあるように「高い所から見下ろして眺める」ことが俯瞰(ふかん)という意味です。では、高い所から見下ろして眺めると、どんなことが見えてくるでしょうか?そうです。高い所から見ると、モノゴトを点ではなく全体で見えてくるので例え点をみたとしても、全体のどの位置でどんな状態でそのモノが存在しているのかが把握でき、より客観的にモノゴトを捉えることができます。
私が以前よく失敗してたことで、旅行に行く際にネットで前情報を調べたことが、現地にいってみると全く違ってたり、一方向での見方で情報が半分かけていたりなど多々ありました。この正確な情報が手に入らない原因はやはり、私がネットだけに頼って情報を集めているということが原因でした。この失敗を繰り返さないためにその後、旅行ガイドであったり、旅行代理店から情報を集めるなどネット以外からも複数の情報をとることで、より正確な情報にたどり着けるようになり、今ではあまり現地にいって慌てたりなどのトラブルが少なくなりました。

こういったことからも一つのモノや情報にはもともと複数の側面があって、全方向から見ることでより客観性の高い情報をえられ引いてはより正確な判断にも繋がってきます。まさに俯瞰(ふかん)でモノ事をとられることは、天動説的な見方の自分視点の一方向的な見方ではなく、地動説的な広い視点で自分だけではなく他の惑星(人・モノ・情報)も動いているという目線にシフトできる方法だと思います。

相手をリスペクトしたうえで話を聞いてみる

次のポイントは人とのコミュニケーションをして情報を得るときに気をつけていることです。前章の俯瞰(ふかん)で見るということはもちろん、人の場合でも注意しなければなりませんが、モノや情報と違って人の場合は会話中にすぐ相手のレスポンスが返ってくるので、ついつい俯瞰的な視点を忘れて即答してしまうことがあります。もちろん、大概はそれでも問題ありませんが、時としてそれが自分視点で相手を傷つけてしまったりなどにもなってしまいますので、そうならないためにも私が注意していることをご紹介します。そのポイントとはすでにタイトルに示しているように「相手をリスペクトしたうえで話を聞く」です。

コミュニケーション術の本などにはよく、即答せずに相手の話をよく聞いて把握してから会話するなどのようなことが書いています。私もその意見は賛成ですが、それだけではやや物足りないのではと思っています。なぜ物足りないのかと考えると、これもよく言われていることですが、コミュニケーションの8割が非言語(ノンバーバル)の会話であり、残り2割が会話と言われています。例えば、腕組みをしていると相手を警戒していると思われたり。こちらが真剣な話しているのに、相手が別の所をみていると相手は自分の話に興味がないと察したりなど、人と会話すると言語以外にもたくさんの情報が入ってきます。そういった非言語の会話から多く情報を相手もとっているとすれば、話をよくきくだけでなくこの非言語分野にも注意をくばらなければなりません。では、その非言語会話のコミュニケーション術を学べばいいのかという話にもなりますが、確かに「話を聞いている途中うなずく」などテクニックはありますが、やなり小手先のテクニックを学んでもどこかでボロがでてしまうのは必然です。会話というのは、その内容も態度も自分の心を映し出しているのです。

そういうことからも、しっかりと相手の立場にたって会話するにはもはやテクニックではなく心持ちを変えてみることが重要だと思います。会話する際にあたって、相手をリスペクトすることで、自然と相手の話に耳が傾き相手の立場になって会話を聞くことができます。リスペクトとというと日本語で尊敬を意味し重く感じられるかもしれませんが、自分が知らないことを教わるんだという心持ちぐらいで良いと思います。その心持ちだけでも相手は話やすくこちらもじっくりと話をきき、俯瞰の目で会話をきく余裕をもつことができます。

最後にこういう話をすると、リスペクトできない人だったらどうするの?など言われますが、そもそもリスペクトできない人間関係であれば、思い切って必要なこと以外会話しない。または、関係をやめるというのもありだと思います。なぜなら、相手にとっても自分にとっても無駄な時間を過ごし無益なだけだからです。一方的に無理に関係を保つこと自体が天動説的な考え方にもなりかねません。とはいえ、そういう人であっても、「人は鏡」という言葉もあるように自分がリスペクトすることで相手も心持ちを直して関係が修復されることもありますので、まず自分からアクションをしてから考えてみても良いと思います。

以上、天動説的な考え方から地動説的な考え方にシフトする方法をご紹介しました。「君たちはどう生きるか」の中にはまだまだ、ご紹介したいお話がたくさんありますので、ぜひ興味ある方は購入してみてくださいね。